その166 林圭一を偲ぶ
2016年2月27日、彼は逝ってしまった。
遠い国へ。
あれから3年が過ぎて少しは心が落ち着いたものの、
バスフィッシングの世界に携わっていると、事あるごとに思い出す。
あゝ、林君がいたらなぁ・・・。
でも、そんなことを思っても仕方がないことだ。
俺たちではどうしようもないことだ。
だから、前を向いて自分のすべきことをして行くよ。
1984年、Yamaha YF350と言う魚探を買った年に、
ティムコとのアドバイザー契約がスタートしたが、
この契約に大きな力を発揮してくれたのが林圭一だった。
俺は日本で最初のバスプロ・・・と言われているが、
その礎を作ったのは紛れもなく林圭一である。
彼が居なかったらプロの誕生は10年以上遅れていただろう。
が、前記したように彼は早逝してしまった。
56歳の若さで・・・。
毎年5月に彼を偲んで河口湖を訪れている。
ただただ懐かしんで酒を飲み交わすだけであるが、
この時間だけは彼が元気で血気盛んな姿が瞼に浮かぶ。
W.B.S.の会場で出来上がったばかりのワームのサンプルを
選手の一人ひとりに配っている彼が鮮明に蘇る。
何に対しても真剣で、真面目で・・・融通がきかない部分もあったがね。
キミが大好きだった平野部のマッディーレイクでのバスフィッシング、
ここ数年は面白い展開になって来ているよ。
霞ヶ浦レポート、ちゃんと報告するからもう少し待っていておくれ。
俺、もう少し頑張るから・・・。